いきたきのこ

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あきらめる

新年は、べてるの家のソーシャルワーカー、
向谷地生良先生の
『「非援助」の援助』というセミナーで始まった。

これまで、べてるの講演会には何度も行っているが、
この向谷地先生と、精神科医の川村先生は、いつも、あくまで当事者を
補佐するばかりで、決して前面に出てくることがない。
謙虚すぎるほど謙虚な方である。
しかも、のほほんとして、ユーモアあふれる話を聞くと、
まるで温泉にでもつかっているような、いい気持ちになってしまう。

今回は、丸一日のセミナーでは、
ついに、向谷地先生、ご自身についてのことを聞けることと思い、
わくわくしていた。

すごい人だと期待していたが、案の定、すごい人だった。
相変わらず、物腰柔らかなお話ぶりなのだが、
実は、かなりニヒルで、
冷徹に物事を思索されている方だと、
私には見えた。
そう思って見たら、眼鏡の奥の眼も鋭かった。

中学では、先生に殴られっぱなし、そこで人生観ができたという。
大学では、親に仕送りはしないでくれと頼み、
特別養護老人ホームで住み込みのアルバイト。
霊安室に亡くなった老人を運ぶ仕事もした。
「やっぱりオレは教育にだまされてきた」と思ったという。
人は死ぬ、ということが、ありえないかの教育。
みんな死ぬ、私も死ぬ、その関係の中で生きているという
当たり前のこと、現実をリアルに受け止めるほど
動けなくなっていく。
そして、就職では、
もっとも不便で、不人気、みすぼらしさに惹かれ、
過疎の町、浦河へ行く。

そこで見たものは、戦後まもなくのような、貧しい暮らし。
先祖代々、アル中で、廃屋に暮らすような人々。
その連鎖を断ち切ろうと、365日奔走し、
その結果、
その人たちを助けようとしていた自分が、傲慢であったと気づく。
100年もの間、アイヌの時代から、
嘆きの中で育ってきた、家族崩壊の歴史。
それを1人で打ち破ろうとしていたとは。
5年かかって、その子供たちに、
「アル中になってもいいよ。だけど相談にくるんだよ」と
言えるようになったという。
そうして、「なにもすべがない」とわかったときに、
みんな「順調」に、アル中になっていった。
その子達が今、べてるで重要な働きをしている。

病院の発想は、「わるいところをなおす」ということである。
たとえば、薬で苦痛を感じないようにさせる。

また今「流行」の見方は、わるいところもあるけど、
健康なところを見ていこう、という希望指向のモデルである。

私は、この流行(?)の、
良くないこともあるけど、明るい面を見ていこうYO!
負けないで、夢を持っていけば、それはいつかかなうYO!
きっと良いことあるYO!
という発想は、きもちわるいと思っていた。

向谷地さんは、もっと深い深いところを
見つめていらした。

向谷地さんの著作は、下記で読めます。
連載・弱く、遠く、小さき群れより(第1回~24回)
http://www.wlpm.or.jp/cgi-bin/db/kiji_t.cgi?keys34=0000797

長くなりそうなので、つづく。
  1. 2006/01/12(木) 00:00:00|
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