いきたきのこ

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さびしさ

先日、日立での、「べてるの家」の当事者研究発表に行ってきました。

べてるに価値観をひっくりかえされてから
何度かイベントに参加していますが、
毎度自分が助けられています。

「当事者研究会」
病気の研究というと、普通、お医者さんがやるものですが、
べてるでは、病気の人自身がやってしまいます。

A子さんは、「サトラレの研究」

A子さんは、統合失調症で、
自分の考えていることが、すべて人に知られてしまう、という妄想、
サトラレがあります。

Å子さんはいつも孤立感を持っていました。
人に心をサトラレてしまうのが怖いから、
ますます人に会うのが怖くなり、
ひきこもってしまうようになりました。

A子さんが、自分の病気の研究をしていくと、
まったく逆説的なことがわかりました。
他人と交流がなく、孤立感が強いとき、サトラレがでるのです。

さびしいと、サトラレがでる。
A子さんのさびしさは、他人の心に侵入し、
サトラレという形で現れていたのです。

「サトラレ」は、
実は「サトラセ」だったのです。

それがわかって、A子さんは、「サトラレサイン」というものを
つくりました。
親指をぐっと立てるポーズです。

妄想が起きて苦しくなると、サトラレサインを出します。
すると、そのサインを知っている仲間が、
同じポーズで返してくれます。

言葉は交わさなくても、
今の苦しさを共有してくれている人がいる、
それがわかるだけで楽になるのです。
会場への電車の中でも、ソーシャルワーカーの向谷地さんと、
サインを何度も出し合いながら、きたそうです。

この話を聞いていて、私はショックを受けました。
「私の中にも、同じように、さびしさがある!」
と、急に気がついたからです。

さびしさという感情(ハンドバッグ←感情はわるくない参照)は、
誰でもが、持っているものではないでしょうか。

だけれど、たくさんの人に囲まれて、
生きている生活の中で、
そんなことは、
あまり気づきたくないものなのでは・・・

そうして、「さびしさ」というキーワードを、
ここしばらく考えていました。

すると、テレビで毎日のように見る、
わけのわからない犯罪や事件も、
その事件を起こした人の「さびしさ」
という観点からみると、
わけのわからない、わけでもないなあ、
という気になってくるのです。

さびしさというのは、
言葉を変えれば
「自分の、存在そのものを、認めて欲しい」という、
関係で生きている、
人間の根源的な欲求である、と思います。

さびしいから、ストーカーする。
さびしいから、食べ吐きする。
さびしいから、万引きする。
さびしいから、お腹が痛くなる。
さびしいから、ひきこもる。
さびしいから、意地悪する。

今まで考えもしなかった、
私の中の「さびしさ」というハンドバッグを
だいじにだいじに、扱ってみようと、
つい数日前に、思ったところです。

べてるの講演会できいてきた、
ひとつひとつが格言のようだけど
生身のすごい体験から出てきている言葉を、
もっとここで書きたいけど、書ききれません。

何日か前、感情を、ハンドバッグ、と表現したのですが、
べてるでは、ネガティブな感情を
「お客さん」と呼ぶようです。

「お客さん」が来ると、
こういうお客さんが来たけど、どうしたらいいだろう?と、
「お客さん」には、しょっちゅう応対している、
その道ではプロである仲間に相談するわけです。

べてるには
「自分自身で、共に」
という合言葉があるようです。
人や、なにかに依存することなく、
自分が自分の面倒をみる、
でも、ひとりではない、
とても意味深い言葉です。


  1. 2005/11/18(金) 00:00:00|
  2. カウンセリング
  3. | コメント:0
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