いきたきのこ

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ベキネバ

ここから書くことは、ある本を読んだことで、
頭の中のもやもやがが少しずつカタチになっていったことです。
ですから、その本そのものを読んでいただいた方が、断然わかりやすいのですが、
自分の頭の整理のためにも、書いておきます。(といってもあまり整理されていませんが)

以前、治療中に、
「自由って・・・難しいですね」という話題が出ました。
そのとき、頭に何かがあったのですが、まだ言語化できなかったので、
「そうですね・・・」しかいえませんでした。

そのときなにが言いたかったのか、考えてみました。
こんなたとえしか思いつかないけど・・・
ものすごーくおいしいケーキがあって、
「おいしそう、食べたい、
でもカロリー高そう、やめとこう・・・
でも、食べたい・・・・えーい食べちゃえ!」
とヤケになって食べるのは、自由ではありません。

「わあ、おいしそう、でも自制するわ。ガマン!ガマン!」
と、こらえるのも、自由ではありません。

どちらも、罪悪感や、苦痛が伴います。

おいしそう、食べたいなと思ったら、
その思いの通り、喜んで食べるし、
おなかがいっぱいだから、いまは食べない、
という選択も楽にできる、
というように、
どっちでも、自分の思いの通り選べる、というのが自由ということです。

では、自由じゃないなら、一体、何から自由になっていないのか。

それは、自分の中にある思い込みです。
たとえば、
やせていなければ美しいといえない。
太っていると愛されない。
太っているのは健康ではない・・・いろいろ考えられます。
どれも、そういう場合もあるでしょうが、必ずしも正しい思い込みとはいえません。
その思いの支配下にあると、心安らかに、食べることも、やめることもできません。

鍼灸をしていると、必ず、「やせるハリはないの?」と聞かれます。
「どうしても、食べすぎちゃんうんだよねえ・・・」
「食べすぎちゃう」、と言っている時点で、
「食べることはいけないことだ」、という思い込みから、自由になっていません。
自由になってないと、がんばってダイエットしたとしても、
たぶん、後にリバウンドするか、体型を維持するにしても、つらいでしょう。

自由というと、好き放題やるようなイメージがあります。
でも、自分が自由のつもりでいて、罪悪感や苦痛を感じるのは、
なにかの支配下にあるからだと思います。
本当に自由だったら、苦しくはならないと思います。
私は自由だからドラッグをやる、という人がいたとして、
そうしているのが本当には幸せでなくて、やめたいときにやめられないのなら、
すでに自由ではないってことですよね。

自分を縛っている思い込みは、生育環境の中で 
知らず知らずのうちに
まるで体の一部のように、しみ込んでいきます。
それを意識することはほとんどないでしょう。

ちなみに、私は思い返してみて驚愕しました。
自分の思い込みは、2歳以下から、あったことに気づいたのです。
私はオムツが取れるのがとても早かったんです。
そのとき、なにを考えていたか、うっすら思い出すのです。

その思い込みは、
「大人だとエライ、
赤ちゃんじゃ、ダメ」


意識化すると、自分の行動のひとつひとつに、
自分を縛っている考えを見つけることができます。
私は、自分の中にしみ込んでいる、
「~べき」「~ねばならぬ」という思い込みの支配から、
少しずつ自由になろうと考えているところです。

いま、台所がグチャグチャです・・・・
片づけるのがおっくうです・・・・

「片づけねば・・・・」
「台所はきれいにしておくべきでしょう・・・」
という思いに縛られると、ますますおっくうになってきます・・・・
考えただけですごーくつかれる・・・・・
たぶん、こういう考えだったから、ますます片づけが苦手になったのでしょう。
そして自分と同じようにとっちらかった人を見ると、イライラするのでしょう。

ここで、考えを変えてみます。
「メンドクサイのは確かだけど、今やっておくと後が楽!、
きれいになると気持がいいんだよ!」と、
あくまでも、自らの自由意志で、かたづけることを、選択するのであります!

ぜんぜん気分が違います。

私の自由意志!主体的!

私は小さな自由を獲得したのである!

っておおげさかもしれないけど、そんなきぶんになります・・・・


と、このように考えてみるようになったのは、リズ・ブルボーさんの本を読んだからです。
中でも、「からだの声をききなさい」
「からだの声をききなさい2」ハート出版 は
たくさんの示唆に富んだ読み応えのある本です。

「なさい」なんて、こういう命令口調の題名を見ただけでも
自分は、絶対読まないはずの本なんですが、
とても不思議な縁で、この本と出合いました。

また、著書の自伝は
「私は神!」ハート出版
という題名なのです。

「私は神ってなにさ!?なんなのよ教祖様!?」と、
こちらも題名を見ただけなら敬遠したことでしょう。
しかし内容は、すがすがしいほど率直そのもの、
明快、具体的で、
とてもためになる本でした。


  1. 2009/03/06(金) 00:00:00|
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