いきたきのこ

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ねたみそねみ

ある日のカウンセリングの練習で、
「私は、人の幸せを素直に喜べないことがあるんです」という意味のことを、
カウンセラー役の人に語ったことがありました。

いえ、もっと露骨な言葉でした。
「私は、なんでもうまくいく人を見ると、そこから引きずり落としたい気持ちにかられる」
と。

すると、カウンセラー役の方は、少しびっくりした顔をして
(お互いに勉強中の身なので。本当のカウンセラーならそういう顔はしないと思う。)
正直な方ですね、と言いました。

もちろん、これはカウンセリングという場だからこそで、
私も「マア、なんてひどい人!」と思われたくないので、
日常生活ではこんなことは言いません。

しかし、このようなことを、語ったことが、私にとっては一歩前進でした。

まじめで、いい人ほど、
「人の幸せは喜ぶべきである」
ねたむのは悪いことである
「心やさしくあらねばならぬ」と思い、
ネガティブな感情が現れてくると、なんとかそれを打ち消そうとします。
それで苦しむこともあるでしょう。

それどころか、その感情は心の奥深くにしまいこまれてしまい、
自分にネガティブな思いが起きたことさえ気づかず、
心から他人の幸せを喜んでいる気になってしまっていることさえあります。
そして一生「いい人」で生きていくのも、それはそれでいいのかもしれない・・・

(こちらの「べき思考」もよかったら参照ください。
H:\chika Documents\zakki14.htm)

しかし、そんなときではないでしょうか。
本当の自分がわからなくなる、
わけのわからない感情がモンスターのようにふくらんでしまう、
ようになってしまうのは。

「いい人」や「良い子」が犯罪に走ったりするのも、
押し込められた感情が行き場を失ったときではないでしょうか。

また、病気という形で、体に現れてくることもあるでしょう。

でも、いろんな感情が訪れてきますけれど、
それは通り過ぎるもので、その人の「本質」ではありません。
天使ではなく、人間に生まれた以上、
いやーな感情がやってくるのも当然のことです。

嫉妬、などという感情は持ちたくないけれど、
その感情が確かにやってきていることを認められたことが、
私の前進ということでした。

「わかってるよ。今、すごくイジワルな気持ちになっているよね」
「気がついてるよ」「あるよ、あるよね」と、
歓迎できない感情を認める。

すると、その感情は、モンスターになるどころか、
フシギなことに、自分の力で御せる程度に、小さくなっていくんです。

そして、できれば、それを話すことのできる、安全な場所があるといいですね。
話してみると、自分の中で重かったことが、
思いのほか、取るに足らないことに思えてくることもあります。

それで、私の扱っているバッチフラワーレメディも、
自分の感情を省みる点では、役に立つのではないかと思っています。

どんな感情も、あっていいのです。



  1. 2008/02/07(木) 00:00:00|
  2. カウンセリング
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