いきたきのこ

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齢と老化

どこか調子が思わしくないとき、
その本人や、周りの人が
いとも簡単に、
「年なんだからしょうがない」とか
「老化のせいだから仕方ない」という言葉を使うことがあります。

それは、「それなら、あきらめもつくでしょう」
というなぐさめなんでしょうか。
自分で言うなら自嘲や謙遜?

私は、「年だから」と、
「老化だから」という言葉は、
特に鍼灸治療の時には、絶対に使いません。
あまりうまい言葉も浮かんでこないのだけれど、
別の言い方をします。

年齢というのは、
増えるばかりで、もとにもどすことができません。
と、いうことは、「年だから」が意味するところは、
「これからますます悪化する」
「下る一方」「なおらない」
ということにはなりませんか。

私はまだ、「年」というのを感じたことがないけれど、
どこか具合が悪くて治療にかかって、
「老化だからあきらめなさい」と言われた最初の日には、
ショックを受け、きっとガッカリすることでしょう。
体の衰えを実感するときは必ず来ると思いますが、
体の変調を年齢の積み重ねのせいにするのは
正しくありません。

それは、改善の余地があるからです。
現在、体に何らかのつらい症状があっても
これからのち、楽に快適にすごせる可能性は十分あるのです。
年のせいだと投げるしかありませんけど。
また、体の生理的変化を補うなにか別のものが
必ずあるはずです。
私は安易に「年のせい」と言ってはいけないと
思っています。

「年ですかねぇ」と、同意を求められることも
よくありますが、
「ちがいます!」
外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。




  1. 2005/08/29(月) 00:00:00|
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