いきたきのこ

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鬼の首

何年か前、JRで問題があり、国民からの非難を
受けていたことがありました。
その頃、ある駅を歩いていたら、
何か駅員さんの対応に不備があったようで、
お客さんが、いつになく激しい調子で、苦情を言ってています。
「これだからJRは!・・・」
駅員さんも、あまり見たことのない恐縮した調子で、
あやまっています。

まあ、私も応対に不満を感じたことがあります。
(もちろん、私の場合は気が弱いので泣き寝入り)
しかし、権威だとか、大きい組織だとか、強い立場が失墜したとき、
鬼の首でもとったように、
黙っていた人々の態度が、急に大きくなり、
その権威なり、強かった人に攻撃が集中していくのをみると、
「アア、ヒトも動物だなあ・・・」
(良くない意味で。)
と、考えさせられます。

ドラマや映画では、
のさばっていた強い悪者が、
最後のどんでんがえしで、
今度はやられていた人から、こてんぱんにやっつけられる、
勧善懲悪ストーリー、
というのが、一般的には気持ちいいです。

でも・・・それだけかなあ、と思ってしまいます。

悪者であっても、そうならざるを得ない背景があったり、
悪い中にも、一分の情けがあったり、
そのようなものまで、細やかに描かれていると、
それが人間というものだなあ、
リアルだなあと感じ、
そういう物語にひかれるのです。

強い者(特に悪役)に対して、
それを、快く思っていない者たちは、
陥れる機会を、虎視眈々と狙っている。
手負いになったのを見て、つっついてみる。
抵抗できなくなったとみれば、よってたかってつっつきまくる。
カラスやおサルと同じ。
(といってはカラスやおサルに失礼か・・・
カラスって、飼った事あるけど、本当にかわいくて、
りこうで、やさしいんですよ。)
あのボクサーも勝っていたら、
周りも、おとなしく、今までのまま、ほめちぎったり、
静観したり、していたかもしれません。

そして、世間の評価というものは、
コロコロ変わり、まったくあてにならない・・・

それを価値基準にして、
持ち上げられたり、落とされたりしていると、
自分を見失いかねません。
自分で、自分の正しい位置を認識することと、
周囲の評価でなく、自分で自分の価値を認めつづけること、
それはすごーく難しいことですね。

  1. 2007/10/26(金) 00:00:00|
  2. 心と体
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