いきたきのこ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

まるちん

希望に満ちたニュースが知りたい、
恐怖に陥りすぎる情報や不安はいらない見たくない、
そして、そのようなことを煽りたくない、
と思うのですけれど、

自分のオツムで考えること、
自分の感覚で感じることを大事にしたいと思うと、

ものすごくこわい。

明日をも知れぬ命と思うくらい。

今いるところに、住めなくなること、
新鮮な、野菜や魚が、食べられなくなることだって、
まったく空想の世界ではないという現実。

私が、こわいこわい、別の発電所も、もうやめたほうがいいんじゃないの、
ローソクの生活でいい私、と言っていると、

夫が、
「お前はいつも奇をてらった考え方をする。
へそまがりなんだよ!
原発は日本には絶対に必要なものなんだ。安全なんだよ。
そんなこと言うやつぁ、電気つかうな。」
というんだけど、

「安全」、「大丈夫」「絶対に必要」って、これ、洗脳?

こんな恐ろしい事が起こって、今も安全と思い続けられるのって・・・

人間って、知らず知らずのうちに、
自分の考えじゃないことでも、
繰り返し聞いているうちに、
それがふつうだ、もっともだ、その通りと、
しっかりと心に植えつけられてしまってることは
多々ある。

爆発や津波なら、見て感じて本当におそろしいとわかる、
でも、目に見えなくて、近くにいても、痛くもかゆくもない、何らダメージも感じない。

洗脳と放射能、これほどおそろしいものってあるでしょうか。

私、この子(←リンク)、ものすごくまともな感覚の持ち主で、
この若さで自分の考えをキチンと表現できていてすごい、と感心してしまったのですが、
そう感じる人もいれば、異なる感想を持つ人もいるようですね。

あとはこういうの(←リンク)を、自分なりの感覚で見ることもあってもいいのではないでしょうか。

それで、今日新聞で見たけど、
チェルノブイリ解体に100年。(←リンク)
使ってない原発に年間102億円かかるという… 

事故から25年もたってるんですよ。

そして、3480人が今も働く…
廃炉になった原発の安全管理のために!ですよ。

解体まで、あと、100年かかる…

孫、ひ孫の代まで……・・・

じゃあ、日本のは…?

………・・・


・・・・・・・・・・・
心がプルトニウム色になっているのは私だけなのでしょうか。


これは、うちの薪ストーブ工事をやってくれた会社からのメール。
国の人口や事情は違うと思いますけれど…

~デンマークのエネルギー事情~

1970年前半のエネルギー自給率はわずか2%。(*日本はこの時、24%)

オイルショックが追い打ちをかけ、国民は危機感を覚える。
そこで30年をかけて自給率100%を目指す計画を立てた。
その時議論になったのが原発を推進するかどうか?
安全が立証出来ない原発には国民が『No!』

政策としては
北海油田の開発。
風力発電をはじめ、
わら、木屑、廃棄物は貴重な再生可能エネルギーに。
家畜糞尿はバイオマスガスに。
太陽熱(ソーラーではない)を利用し地域暖房に。
それらのエネルギーを高効率に活用するコジェネレーションを普及。
高断熱な低エネルギー住宅に補助金を。
エネルギー税の導入。

その結果
30年を待たずして、1997年にエネルギー自給率100%を達成。
2010年では150%とも言う。(*現在、日本は7%,原発を入れると18%)

さらに2030年までには風力で50%をまかなう計画。

(*ちなみに食料自給率は現在なんと、300%です)




そして、こんなときに、治療室移転となってしまいました。

もしも明日世界が終わるなら、私は今日リンゴの木を植えるだろう

とマルチンルターさんが言ったそうです。

この言葉に、私はよく励まされます。
こう思えるかどうかって、
その人の運命の分かれ目くらいに、大事なことだと思います。
スポンサーサイト
  1. 2011/03/31(木) 00:00:00|
  2. どーでもいい

ポパイオバサン

そういえば、ずうっと昔のこと、チェルノブイリの事故後、
それに関する本を読んだことを思い出します。

その本を周囲の人に回し、
「こわいねこわいね、原発」と言っていました。

その本は、誰かの手に渡ったまま、どこかに行ってしまいました。
本の題名も覚えていませんし、
私自身も1度、サラリと流し読みしただけでした。


でも、なぜか、たった一文だけ思い出すのです。



「人々は、 知らずに、 食べ続けた」

というような文だったと思います。記憶違いかもしれないけど・・・
地元の村人のなかには、
何も知らずに、そして、知らされずに、
汚染されたものを食べ続けた人もいたことでしょう。


その当時、私は、
「なんということだ、
知らないってこわい、
情報がないって、こわい。」と強く思ったような気がするのです。



しかし、いまになってみると、
これほど情報が氾濫している現代にあっても、

自分は、


本当のことを、


な~んにも知らない。



知らない・・・そのことに、震え上がる思いがします。

そして、情報を知らなかった村人と同じように、食べ続けるし、
いままでと同じ生活をする、
それ以外の選択肢もない。

理にかなった話、
確かな裏付け、
より、
本能的な感覚の方が正しい場合がある。
それを信じるしかないということになります。



ところで、これまで野菜は、できるだけ有機野菜を食べましょうだとか、
食べ物には、ちょっとは気を使ってきたつもりでした。
でも、そんなチマチマしたことは、
いまや、水泡に帰したんじゃないかと思います。

地元の直売所でさえも、ほうれんそうが売れ残っています。

私は、率先して
ほうれんそうと、かき菜を、買い、
毎日食べております。
  1. 2011/03/30(水) 00:00:00|
  2. どーでもいい

難しいお年頃

人生の先輩である患者さんがおしゃるのです。


「80になるってこういうことなのね、わたし、しらなかった・・・」


そうなんですね、年をとるって、すべてが初体験。

そして、わたしも思うのです。

「更年期って、こういうことなのね・・・」

先日も、整体教室のときに、人生の先輩が多いので、
どーでした?更年期は?と、うかがうと、
皆さん、「顔からやたら汗がでる」と一様におっしゃっていました。

その症状はまだ出ませんが、やたらイライラするし、
体調も変化を感じます。
先日書いたブログ、消してしまったけど、
そのときにとった、自分の態度は、
われながら「更年期のオバサンそのもの」
このオバサン、なんでこんなにイライラしてんの?と
相手の方は、わけがわからなかったことでしょう。
あとで反省しました。

別のブログ
に書きましたが、
更年期と思われるいろんな症状、
自分自身にハリをして、とても効きました。
鍼は更年期には非常に役立ちます。)

本当は、オバサンたるものは、
小学生からオバサンなのですが、
見た目の愛らしさや幼さに、それは隠されており、
真のおばさんになっていくにつれ、
その人の性質が濃縮され始め、いい意味で個性、
またはアクのようになり、際立ってくるというか、
ニオイたってくるというか、
特にオバサンでも、後半(初老?)にさしかかった、
自分のような、オバサンというのは、
そうなってきますね。

ふと、小学生からオバサンで、思い出すのは、
仲良しだった、mちゃんですが、
遠足のおやつを買う時には、
「一緒に買って分けよう。そうすれば、予算内でいろんなお菓子が食べられる」
と、アイデアを出し、
小4で、卵焼きが、すごく上手に焼けた。
今は、すごくしっかりしたオバサンになっているであろうことは確信できます。

ホンワカ、もの柔らかなオバサン、
かわいくチャーミングなオバサン、
色香のかおるオバサン、
などはそれなりにすてきですが、
自分などは、ちがうようなきがする。

どのような方向性で、後半(初老)のオバサンをやっていけばいいのか?
このオバサン、どこへ向かうのか?

たとえばファッション。
若者のファッションは、一律で、あまり見分けがつかないんですけど、
後半のおばさんとなると、様々に個性が出てきて、
おもしろいといえばおもしろい。

このように分類できる。

①若い頃の流行で、時が止まったオバサン

②がんばって今の流行についてきてるオバサン

③どんなときも、わが道をいくオバサン

④投げたオバサン


私は④ですが、
気がつけば、全身、ファッションセンターしまむら。

しかし、しまむらのティーン向けの服を着るのも、
さすがにムリ感、
かといってエルダー向けのを着るのはあんまりなことで、

とても、難しいお年頃だと思います。

こんなことを書くと、
何を着ていても、
「この人、今日着ている、コレもしまむら?」
と思われてしまいそうですが、



思わないでくださいね。






  1. 2011/03/27(日) 00:00:00|
  2. どーでもいい

4月に移転します。

今の治療室、これ以上ないほど、癒しの空間ではあるのです。

しかし、

「場所がものすごくわかりにくい。」

「道が悪すぎてクルマが入れない。」

「ヒルがこわい。」

「サルや、イノシシがこわい。」

「シカをひきそうになった。」

「夜はこわすぎて行けない。」

「怪しい治療室なのでは!?」

等々の声があり、
また、バリアな、家。

足の悪い方が多いにもかかわらず、
玄関の敷居をまたぐだけでも、大変。

土間玄関の段差は、ますます大変で、
窓から這って、お入りになる方もいらっしゃったほどでした。

そんなこんなで、いすみ市に移転を決意いたしました。

こんどは、とてもわかりやすい場所です。
国吉、ミニストップ曲がってすぐの赤い建物(元新清ハイツ)。
新清ハイツ隣、
森の美術館、ななめ向かいです。
帰りには、スーパーランドでお買いもの。

正面は、ヤギの放牧場!
いま、カワイイカワイイ、子ヤギちゃんたちがいます。

そのヤギは、レンタルもできまーっす!

いすみ市のみなさま、こんにちは。
どうぞよろしくお願いいたします。
  1. 2011/03/25(金) 00:00:00|
  2. 治療室ご紹介

更年期の叫び

つづきも、長々と書いたのですが、
やはり、ブログで
「バカ」
とかいう言葉を使いたくないので、
消しました。

しかし、

「融通」


「機転をきかせる」


「塩梅」


「自己判断」


「適当に、アレする」


「ごく当り前に、考えられる常識にのっとって」






「自分のオツムで考える」

ということが、
できないかね!!!!
と、
どなりたい。
  1. 2011/03/24(木) 00:00:00|
  2. どーでもいい

おばさん哀歌

おばさん、パンを焼いていた。

毎日せっせと焼いていた。

国産小麦をつかってさ。
こねて、発酵、オーブン入れて。


ときどき、ライ麦なんかも入れて。
オレンジピールや、クルミも入れて。



おばさん、いつも言っていた。



「自分で言うのもなんだけど。

これほどおいしいパンってないよね。

もちもちっとして。

飽きがこない。」




しかしおじさんこう言った。






daburusohuto


その後、おばさん、やめちゃった。


パンを焼くのをやめちゃった。


ーーおばさん哀歌おわりーーー



それで、今、去年庭でとれたみかんでつくった、
オレンジピールが、大量に余ってるんですよね。

もう、今年のみかんも収穫を迎えようというのに。

この物資不足の中、オレンジピールは、
お茶受けに役立ってます。

夫は、
「こーいうもんは、ベロがひりひりしてきて、
たくさん食えるもんじゃない」
というけど・・・
  1. 2011/03/21(月) 00:00:00|
  2. どーでもいい

そんな中で、わたしの夢がかなった

朝、夫が犬の散歩をしてくれたので、2度寝したのがよくなかった。
夢見がわるかった。


まず、外につないでいた犬達に、「ゴリラ人間」が襲いかかる夢をみました。

「うわぁぁぁぁ」と叫びながら、助けに行く。

ゴリラは、一教(合気道の技)で抑え込めるかしら?と、思いながら。



近づいていくと、その「ゴリラ人間」は、





着ぐるみを来た、




エスパー伊東」だった。

と、いう夢と、

窓の外を眺めていると、









「死の灰」
が降ってきた。ついに。

ひらひらと大小の紙吹雪のように。
こわくてこわくて、
らせん階段を降りながら
(なぜか、サンダーバードに出てくるような近未来的なお屋敷に住んでいる)
たいへんだ!、たいへんだ!と夫を呼びに行く。
愛する夫と犬と死ねるなら本望と思いながら・・・

これは、あまりのこわさに、それ以上は見ないですぐ目が覚めました。
実際に、私は戦慄する現実に、恐れおののいていますので。
単純なものです。


そんな、中(どんな中?)、
私のホームページをご覧になって、
何か、お気づきにはなりませんか!!!!?








罫線が引いてあるでしょう!!!??

永年の私の夢。
それは、ホームページビルダーで、罫線をひくことでした。
(2月25日の日記参照)

そしたら、なんと、ずうっと昔、仕事でお世話になっていたコピーライターのFさんから、
突然に、メールがあり、
「罫線のひきかた」をご指南くださったのです!!!

Fさんとは年賀状のやりとりはありましたが、
かれこれ四半世紀!!お会いしていないのです。
(でもお変わりないと思う。)
もう本当に感謝感激!
しかも、四半世紀前に描いた私のイラスト詩?を持っていてくださったらしい・・・
ありがとうございました!!!

そして、今日、岩手の実家に郵便物を出しに行ったら、
あて先を見た、総野郵便局のお姉さんから、
「岩手のお宅は大丈夫だったのですか?」とお見舞いの言葉を頂きました。
人のやさしさが身にしみる今日この頃ですね。


  1. 2011/03/19(土) 00:00:00|
  2. どーでもいい

大切な「恐れ」

「恐れ」という感情が、あたかも悪い感情のように捉えられてきました。
しかし、危機回避に対して、これだけ重要な感覚はありません。

高所恐怖症、閉所恐怖症なども、
「症」と病気みたいな言われ方ですが、
高いところ、閉じ込められた空間は、本来は危険なことが多いわけで、
恐怖を感じるのは、生き物として、当たり前のことではないでしょうか。

しかし、人間には「理性」もあります。
「足を踏みはずさなければ、高い所も大丈夫。」
「コレコレこういうわけだから、大丈夫。」
として、恐怖を克服する力もあります。
心理療法として、「認知療法」などに使われたりしてきました。

でも、目の前に厳然と示された現実を、
「うそだろ。今までの経験則からしてありえない。」
と、認めたくない、認めようとしない心理も、自分の中にあります。

この、ムネの騒ぐ感じ、本能からくる危険信号なのか、
たんなる怖がりなのか、うまく見極めたいなあと思います。

そして、今の人間にほとんど失われてしまったに等しいものが、
おそれの中でも、「畏れ」。

「かしこむ」、という感覚。

自分の目や頭では、「見えない」、「わからない」
しかし、存在している、
その事実を確認すること、
それはキリスト教では、「信仰」と呼びますが、
そのような宗教的な言葉を用いなくても、
人間がおごらないために、「かしこむ」という感覚は必要なのではないでしょうか。

  1. 2011/03/17(木) 00:00:00|
  2. 心と体

おばさんあせる

デマやパニックが少ないのはいいと思います。
現代の日本人はすばらしい。

でも、私はこの世の終わりの恐怖感に近いものを味わっています。
SFみたいな世界が現実化している。

カラスたちは今日も鳴いていました。

夜になって、夫がいません。




まさかまさかまさか。


まさかまさ・・・













夫:「夜釣りしてきた」




「ハァ~、イヤイヤ、2匹しか釣れなかったなあ~。ジョイスとメリーにやってくれ」


otto







「しかし、なんでだろ?」






「誰も人がいなかったけど・・・・」


私:絶句。


日本人は、ここまで平和ボケしてしまった。
危機を感じる本能も消滅してしまった。

自分が津波に呑みこまれる寸前まで、
「わお!すげーすげー♪」と、携帯を向けていた人はいたことでしょう。

人間ってそういうものです。
本当に痛い思いをする、そのときまでは、わからない。

何度、痛い思いをしても、時間がたてば忘れる。

そうして繰り返してきました。

人類ってそういうものなのです。

私もそうです・・・

愚かな人間なんだわ・・・

  1. 2011/03/16(水) 00:00:00|
  2. どーでもいい

烏合の衆ではない

つい昨日のことです。
「近々、天変地異が。多分、地震くるよ!」と、私、夫に行ったのでした。

そしたら、来た。

なぜ来るとわかったか。



それは、昨日、おとといと、カラスたちが大集会を開き、
おしゃべりしていたのです!!!

「地震くる、」「地震くる、」と。

それが、1か所ではないんです。
あちこちの山々で、カーカーカーカーとやかましい。
カラス達は、わかっていたんですね。

地震のことは、カラスに聞こう。
今日も、カラスたちは騒いでいたので、まだまだ注意が必要です。

  1. 2011/03/11(金) 00:00:00|
  2. 虫 動物

易学、気学

私が卒業した鍼灸学校には、易学、気学の授業がありました。
私は、わーおもしろいおもしろいと思ってましたが、
授業中、「占いなんて」とほとんどの人は寝ていたように思います。

放課後にも講座があって、易の講座に出ていたのは、
私含め、3名。

その時間は、すごくねむたくなる時間帯だったんですが、
生徒3名だから、寝るわけにはいかない。
手の甲をつねりながら受けてました。

しかし、眠らないことに集中していて、
教わったことはスッカリ忘れてしまってます・・・・・・

易学、気学、は「宇宙の法則」です。
きっと、経済、科学、医学などの分野で、
これを応用すれば、すごいものだと思う。(アタマがよければ)
先がよめる。
ものの仕組みの捉え方が変わる。

気学、易学は、自然の摂理、時間の流れ、それらの法則を表しています。
しかし、私がそれらから離れてしまったのは、
「法則」を超えるものがある、と気づいてからですね。

また、今年の運勢はどうなのか?というときに、
そこに現れている象意は、いいも悪いもないんですね。

たとえば、「今年は停滞する時期」と言われて、それをどうとらえるか。
「良くない年なんだ」
と思う人もあれば、
「じっくりと腰を据えて自分を見つめなおす年なんだ」、
と思う人もあるでしょう。

時々、象意でこういうことがあらわれている、というと、
過度に気にしてしまう人がいるのです。
だから、今は人のは、みないようにしています。

しかし、先日、私が、自己紹介に気学を学んだことを知った、
患者さんの息子さんが、社長になられたということで、
その方のを見させてもらったら、時機がとてもいい。

時機を見てうまく波に乗るのには、
気学を知ってるとちょっぴりは役に立つかもしれません。

逆に、うまく言ってる人というのは、無意識のうちに、上手に
適切な時期をとらえてるのかもしれない。
たしか、小泉首相、首相になる時期とやめる時機がとてもうまかった。
あれは偶然か、それとも専属の占い師でもいたのか、と思った。

気学、易学は「法則」です。
でも、法則を越えた、はかり知れないものがあることも事実・・・
そのはかり知れなさを、もっと信じたい。

  1. 2011/03/05(土) 00:00:00|
  2. わたしの日常
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。