いきたきのこ

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すごいとこ

夜の営業も始めたら、
「ムジナや、ヤマンバが出そうでこわい」
といわれるのです。

でません!

でませんけど、シカや、タヌキや、イノシシはでるので、
お車のライトはハイビームでおねがいします。

田舎暮らしも、3年目。
オオスズメバチが玄関に巣作りをはじめても、
とも思わなくなりました。
洗面所に特大ムカデが出たってどうってことない。
(つい、絶叫はしてしまいますけど・・・・)

棲家を求めて、不動産屋さんと一緒に初めてこの場所に来たとき、
「なんなの!?
ここはどこ!?
今はなに時代!?
私は異空間に迷い込んでしまったの!?」と
思ってしまったような場所です。

ここ異次元では時間の流れも違います。
夜の8時だと、普通の世界での時間では、11時くらいのかんじです。
わたしゃ眠くて仕方がない。
テレビないし、泊まりにきた人は、9時くらいには寝ちゃいますからね。
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  1. 2009/05/28(木) 00:00:00|
  2. どーでもいい

その位置を語る①

「人は、その居る位置を語るのです」
とは、カウンセリングの先生がよくおっしゃっていた言葉です。
これはその先生の言葉なのか、なにか偉い人の言葉なのか知りませんが、
このごろそれを痛感するようになりました。

なにげない言葉を発したその中に、
その人の、そのときのホンネ、悩み、キーポイントが現れているんですね。
そして、その原因も、それをどうしたらいいのかも、
その本人が、
本当は、
潜在意識の中ではわかっているんです。

先日、あるヒーリングのセミナーを受けました。
(そのヒーリングは、チカ治療室では、もう開始中なんですが、
来月あたりから本格的にモニターを募集するのでよろしくお願いします。
人生そのものに変化が起きている方もいらして、なんだかすごい・・・・)

そのセミナーで、講習生同士の練習の中で、私がクライアント役をやったとき、
私は、
「新しいことにチャレンジすることが怖いんです」
と、言いました。
他の人以上に、未知のことにチャレンジするときに、
勇気がいり、非常に躊躇があるのです。
予測どおりにいかないことが恐怖で、
ハプニングやアドリブを楽しむことができません。

どうしてなんだろう・・・・

その原因は、私は、本当は、知っていたのです、

私は、その次に自分自身の言った言葉に驚きました。

「それは、まるで、生まれ出るときの恐怖に似ている・・・・」と。

生まれ出るときを象徴するような夢を見たことがあります。
出なきゃいけないの?出なきゃいけないけど、出たくないな、こわいな、
ここから出るのは苦しそうだな、と思っている夢・・・・・

これも、実際に母から聞いたことがあるのですが、
私の出産時に入院した病院は、ひどかったそうで、
母は、陣痛で苦しんでいるにもかかわらず、一晩、ベッドにくくりつけられ、
放置されたそうなのです。
その苦しみと恐怖は、きっと胎児の私も感じ取ったにちがいありません。
新しい世界に出て行くことはこわいことなんだ、と思ったのかもしれません。

そして、胎児期のヒーリングをしてもらいました。
(別なことでも、私はたくさん癒されたのですが、
ヒーラーとなって下さった受講生仲間の方々、先生方には
とても感謝しております。)

これは、ヒーリングをしてもらわなかったとしても、
なにげなく語った、その言葉の意味をハッと自分で気づいたとき、
何かが変わっていくのです。
(気づいた時、病気や体の不調が劇的に治る、ということもあるんです。)

そんなわけで、もう新しいことにチャレンジすることは大丈夫になったので、
新しいことにチャレンジすることにしました。
これまでも、ハンドヒーリングは行ってきたのですが、
別なヒーリングも始めます。



  1. 2009/05/24(日) 00:00:00|
  2. カウンセリング

プリンセスめり太と、じょい子の不安

おとっつぁんのおヒザでご満悦のめり太・・・・
otousannnohiza

じょい子は、家にいてオシッコがしたくなると、
玄関に向かってオスワリしして知らせます。

普段は、1日2回のオシッコでも十分なのに、
1,2日前から、オシッコが近くなり、かがんでいる時間が長く、
まさか膀胱炎にでも?と思っていたのです。

今朝6時に起きたら、
いつもは面倒くさそうに起きてこないじょい子が、待ちかまえており、
床に、オシッコをジョー、と、やってしまいました。
水分を摂り過ぎたわけでもなく、
品行方正、優等生のじょい子が・・・・

早速、じょい子の下腹部に、ていねいに棒灸をしました。
気持ちいいらしく、すぐに目をつぶってしまいます。
その後は、オシッコを何度も知らせることもなくなりました。

うーん、もしかして?

庭にドッグランをつくったのですが、少し目を離すと、
プリンセスめり太が、超魔術を使い、
柵の外に出てしまうのです。
逃げる、ということを知らないので、
「めりたーん、おやちゅをあげるよ~」というと、喜んですっ飛んでくるので
いいのですが、
見張っていられないときは、
優等生じょい子だけをドッグランに置き、
めり太は家に入れていたのでした。

ここ1,2日は、じょい子だけ、終日外に出していました。
気持ち良さそうに、静かにくつろいでいるように見えたけど、

「めり太はおうち・・・・アタシだけお外・・・・・」
もしや、自分だけが、のけものにされたと思ってた?
jyo0isudoggurann
アタシ・・・アタシ・・・

オシッコが近いのは不安を表すのでは?と思います。
じょい子、不安だったの・・・・?


そーなの?じょい子。


soawasenaobasann
しあわせなおばさんの図
  1. 2009/05/14(木) 00:00:00|

ありのままの意味

「ありのままの自分を認めましょう」
という言葉をよく聞きますね。
それじゃまずいんじゃないの?と、
感じる方もいらっしゃると思うので少し。
多分、それでは甘いとか、怠慢だとか、向上心に欠けると感じられるのかもしれません。

ここで、BeingとDoingを分けて考える必要があります。
これは、カウンセリングの先生で牧師の田中先生に教わりました。

「ありのままの自分」とは、Being、
つまり、自分の存在そのもの、命そのもので、それを認めるということです。
(自分の「存在そのもの」を否定してしまったら死ぬしかないわけですね。)

Doingというのは、
たとえば、なにかができるかとか、なにを持っているとか、
流動的な、世の中の価値観ですね。
たとえば、才能やお金の有無、健康、性格だとか、何かができるとか・・・・

多くの人はBeingとDoingを混同してしまっています。
「○○ができる自分」「できない自分」などのDoingも、自分は自分ですが、
自分と言う「存在そのもの」ではありません。

しかし、
○○ができる、○○を持っている=自分は存在価値がある
それを、持っていない=存在する価値がない
と判断してしまい、苦しんでいる方もたくさんいるのです。

そうすると、自分にとって価値がある、と思われるものが手に入るまで、
自分が生きていていいと認められない、
もしくは、それを失ったら生きていられない、となってしまいます。
実際にそのように感じてしまい、生きることのむなしさを感じたり、
実際に命を失ってしまう方もいらっしゃるほどです。

私はこの概念を知らなかったとき、
何の長所も、才能も、特技も、お金も、健康もなかったら、どうして生きていられるんだろう、と
思っていたし、
そういったものが少なくても、
自信に満ちあふれて生きていられる人はどうしてなのか、わからなかったのです。

そこが、ありのままの自分を認めているかの有無だったのです。

ありのままを認めるということは、
決してダメな自分に甘んじる怠惰なことではなくて、
まずは、自分は、この世に存在していていい、と、自分にOKを出すことです。
そうすると、むしろ、Doingをいいものにしていこうとするモチベーションがわくんですね。

Doingは普遍的なものではないですから、失う可能性もあります。
でも失っても、
自分という存在そのもの=Being
が、だめってことではならないんです。

あなたはかわいいね、とか
努力家だからすばらしい、Doingをほめられると、うれしいかもしれませんが、
少し不安も感じるかもしれません。
だったら、かわいくなくて、努力家でなかったらどうなの?・・と。

それよりも、誰もが言われてうれしい言葉は、
「あなたがいてくれるだけでうれしい」、
存在を認めてもらったときですね。

できれば、自分の存在そのものを認めてくれる人が周りにいるとうれしいですけれど、
もしも、いなかったとしても、
OKを出すのは自分自身です。

自分のDoingに関しては、納得がいかない、認められないときにも、
ありのままの自分、その存在そのものの価値は変わらない、と、
言ってやると、生きる気力がわいてくるんですね。







  1. 2009/05/12(火) 00:00:00|
  2. 心と体

治癒を妨げているもの

病気や、体の不調は、もちろん嫌なもので、
誰でも、早くなくなってもらいたいと思うことでしょう。

しかし、本人の気づいていない潜在意識の中では、
「治りたくない」ことがあるんです。

その場合、どんなにすばらしい治療、体のケアを行っても、治らないことがあります。

潜在意識は、その人を守ろうとしています。

そして、それは、本人のために、
心の苦しみを感じさせるくらいなら、
体の苦しみを与え、
心の苦しみから目をそらさせようとするようです。

どうしても治らない症状を抱えている方は、

「この病気、症状で、なにか自分の得になっていることがあるだろうか?」と
自問してみると、
思わぬ答えに気づくことがあります。

「この病気のままでいれば、愛する人をつなぎとめておける」

「みんなから心配してもらえる」

「人の注目を集められる」

病気が「誇り」になることさえ、あるといいますよ!

「わたしはどんな医者にも治せないくらいの症状なんだ。
どーだ、すごいだろ!わたしはすごいんだ!」と・・・・・

潜在意識が心の苦しみから守ろうと、やっていることであっても、
もしも、その症状が、死にいたるほどのものであったとしたら、
それはあんまりですよね。

その根底にあるものは
存在不安です。

多くの方は、自分がありのままでいい、そのままでいいと思えません。

「勉強ができなければ」
「人から評価されなければ」
「地位を得なければ」
「いい人と思われなければ」
「ほめられなければ」
時によっては、
「リストカットして血が出ることを確認しなければ」

それは人によってさまざまですが、
なにかができなければ、
自分が存在すること自体に、OKを出せないのです。

病気になることによって、
自分の存在を確認したい人もいるわけです。

しかし、そこまでしても、誰も認めてくれないこともありますし、
勉強ができても、評価されても、地位を得ても、すごい病気になったとしても、
満たされないものがあるでしょう。

それは、自分自身が、自分自身を認められないからです。 

 何もできなくても
「自分は、存在しているだけで、それだけで素晴らしい」と
ほめてあげる必要があるのですね。

特に自己評価の低い人は、かなり嫌悪感があるかもしれませんが、
それを続けていくと、何かが変わってきます。

(自己評価の低い人というのはわたしのことなんですけれど・・・・)

うちのワンコたちを見ると、
オテやオスワリができるから、素晴らしいのじゃなく、
いてくれるだけで素晴らしいですからね・・・
自分自身にも、そうだと思ってやらないと・・・・
  1. 2009/05/10(日) 00:00:00|
  2. 心と体

愛の定義、エゴイストの定義

不思議な経緯で、リズ・ブルボーさんの本と出合いました。
本の中で、どうしてもご本人に聞いてみたいことがありました。
しかし、この方、カナダ人であり、
世界各国での、ベストセラーを出すような雲の上の人・・・・

調べると、そのリズさんが、その数週間後に、来日セミナーをやるというので!
私は、その内容もまったくわからないまま、
2日間のセミナーに参加したのでした。
そして、直接、質問することが、かなったのです!

その答えを聞いて、私はとても納得しました。
また、偶然に隣り合わせた受講生から、
不思議なことを言われたことで、人生に変化が起こりました・・・

たったのひとこと、ふたことだけの話でしたが、それらだけで、
私が長年かかえていた課題が
パッカーンと解消してしまったのです。
こんなことがあるんだ・・・・と、驚きがあまりにすごく、
ブログをあまり更新していませんでした。

それはともかく、突然ですが、愛とはなんでしょうか。
リズさんによると、

恐れから来る愛
・他人のスペースを侵犯すること。
 他人から自分のスペースを侵犯されることを許すこと。
・自分や他人を批判すること。
・自分や他人をコントロールすること。
・自分の本当の必要性を確かめずものごとを決め、
他人の欲望や必要性を確かめずに物事を決定すること。
・見返りをもらうことを期待して与えること。
・他人の幸福に責任があり、
他人は私を幸せにする責任があると思うこと。

真実の愛
・自分のスペースと他人のそれを尊重すること。
・自分は自分らしく他人は他人らしくあること。
・互いに異なった需要、思い込み、限界、欲望、才能、恐れ、弱みなどを
持つのを認めること。
・なんの期待も持たずに他の人たちを導くこと。
・与えることのもたらす喜びのために与えること。(見返りを期待せず)
・受け入れること。たとえ同意できなくても。理解できなくても。


この愛の定義は、多くの方が理解しているものとは、異なるのではないでしょうか。
でも私はこれに同意できました。

特に「他人は私を幸せにする責任がある」と思っている人は、
私を含め、実はとても多いと思います。

リズさんによると、
「エゴイズムというのは、あなたが、他の人に対して、その人自身の
ニーズよりも自分のニーズを先に満たしてほしいと願うことである、ということです。
つまり、エゴイズムとは、相手を犠牲にして自分を幸せにすることなのです。
あるいは、相手が自分を幸福にすべきであると考えることなのです。
すなわち、そうした考え方が<真実の愛>に反する考え方だと言っていいでしょう。」

「相手が自分の期待に応えないとき、相手をエゴイストとして非難する人が
非常に多いのは、どうしてだかお分かりですか?
それは、<愛する>と言う言葉と、<喜ばせる>という言葉を混同しているからなのです。
相手を<喜ばせる>ということは相手を<愛する>ということは同じではありません。」

「私達は相手に対して、期待したり要求したりする権利があります。
しかし相手は、それを必ず満たさなければならないわけではありません」

「相手が自分を愛してくれているなら、自分が望むときに自分を喜ばせてくれるはずだ、
と考えるのは間違いです。そんなふうに考えている人は、多くの失望、
フラストレーション、怒りを経験するでしょう」

「相手は常に自分の望みに応えるべきだ、と考える人はエゴイストです。
相手がノーと言ったとしても、それは愛の欠如を示すのではなく、
相手のニーズまたは限界の表明に過ぎないのです。」

つまり、
「あの人は自分勝手で、エゴイストだ」
と言っている人がいるとしたら、
その本人こそが、エゴイストなのです!

  1. 2009/05/06(水) 00:00:00|
  2. 心と体

こんな簡単ならもっと早くつくりゃよかった

小1時間で,ドッグラン完成!
doggurann
市販の防獣ネットを張っただけのお粗末なものなので,
体重の重いわんこや跳躍力のあるわんこは利用不可です。

今日は1日中ドッグランで過ごしてもらいましたが,
走り回ったり,バトルしたり,
ドッタリ寝そべったり,
穴掘ったり,カエル追いかけたり,腐ったミカンを体にこすりつけたり,
たのしそうにやってました。

  1. 2009/05/01(金) 00:00:00|
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