いきたきのこ

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患者さんにおすすめその2

お腹をあたためるのはいいです。

私は、以前は、寝る前に、下腹部にお灸をしていました。
それと、こんにゃく湿布をやってみたり、
ひまし油湿布をやってみたり。

でもそれよりおすすめをみつけました、

それはおへそを塩であたためること!

いろいろやって比べてみました。
これが一番、
体全体があたたまると感じます。
私はいつも、さむいさむいと口癖のように言っている、
超寒がりで冷え性なのです。
この私が実感してます。

これをやってから、夜中にトイレに起きなくなったのと、
お風呂に入ったあとのポカポカ感が
長持ちするようになりました。
それに、この寒い季節だというのに、
朝起きると、上半身ふとんをはいで、
バンザイして寝ているほど。

とても簡単で、気持ちがいいのが、なによりです。

〔やりかた〕
塩ひとつかみ(あたたかさを長持ちさせたければ多めに。量はご自由に。)
フライパンで炒って、キッチンペーパー3枚位重ねたのに包む。

おへその上に、タオル
(塩の熱で、焦げることがあるので、どうでもいいタオル)を
4つ折りくらいにして置き、その上に、包んだ塩をのせる。
(その塩は取っておいて、何度でも使ってください)

あとは、ゴクラク気分を味わうだけ。

あたたかさはだいぶ長持ちします。
うつぶせになって腰をあたためてもいいですね。

私の感覚では、あったか効果も、持続するような気がします。
私は週に2回くらいやっているけれど、
さむいさむい、なんとなくお腹がスーカスーカする感じっていうのが
少なくなりました。
特に、生理直前から、なにかお腹が空虚な感じになるんですね。
(これは私個人の感覚かもしれませんけど)
それがなくなりました。

実際の鍼灸治療では、わたし自作のお灸器で、
漢方入りの塩灸をやっています。(よりパワーアップ!)
このお灸器をつくるのに、いい材料はないものかと、
ジョイフル山新や、那珂湊の方のジョイフル本田まで
探しに行きました。
その結果、いいものがなくて、
結局、アヲハタのトウモロコシの缶詰でつくったんですけどね・・・ [患者さんにおすすめその2]の続きを読む
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  1. 2006/01/28(土) 01:22:47|
  2. 鍼灸治療
  3. | コメント:3

患者さんにおすすめその1 運動&呼吸

水戸を離れるので、誰でもできる健康にいいことを書いときます。

冷えは万病のもとだとか、言います。

そして、食事や、服装、
カイロ等であたためることを、考えます。

しかし、体をあたためる一番の方法は、
普通に考えたら、
外から、熱を加えるよりも、
自ら、体を動かすこと!
でも、意外とやっていませんね。

月に2回程度、「気功のつどい」をやってきました。
主にやっていたのは、いわゆる気功ではなく、
「練功18法」という、中国の整形外科の先生が考えた
ポピュラーな、健康体操でした。

やった後で、皆さん、必ず、
「ああ、体があったまってきもちいい」といいます。

とてもいいのは、この体操での、体のあたたまりかたです。
通常の体操のように、
骨格筋を動かすことによっての
あたたまり効果もあると思いますが、
それ以上に、内臓からあたたまるのです。

これは、吐く息を意識した、腹式呼吸の効果です。
動作はテキトーでも、
「吸って~、吐いて~」「吸って~、吐いて~」
「吸って~、おなかへこめて吐いて~」
練功の「前段」と「益気功」というのをやりましたが、
あわせると、約30分も、深呼吸をしたことになります。

自律神経系活動のバランスを示す、
「心拍間隔変動係数」という評価尺度があるそうですが、
この係数は、吐く息の量を多くしたり、長くするほど、
高くなるそうです。
それは、自律神経活動のバランスが保たれ、気持ちの落ち着きと
安定性のあることをあらわしています。

自律神経が適正に働くということは、
その神経に支配されている、内臓が、
ほどよく働いてくれることでもあります。
そして、血圧も安定します。

また、腹式呼吸には、
横隔膜の上下動と、腹圧の変化があります。
これによっても、内臓が刺激され、内臓の筋の血液循環が
促進されます。

体を動かす筋肉(骨格筋)とともに、
内臓を動かす筋肉(平滑筋)も動かせるということで、
外からも、内からも、あたたかくなる体操といえますね。
ヨガなどもそうなんでしょうね。

練功18法でなくても、
運動好きな方は、その好きな運動の一部に、
深い気持ちのいい呼吸を加えてみると、
よりよい効果が出るでしょう。

あまり運動になじみのない方は、
ウォーキングでも。
真剣な形相で、ズン!ズン!歩いている人を見かけますが、
あれだと、全然面白そうじゃなくて、続かなそう。
深い呼吸をしながら、ブラブラ歩きの方が、
楽しいと思うんだけど。

引き受け氣功を知っている人は、
「吸い取る、吸い取る」と言いながら歩いてもいいですね。

私も夫とよく散歩してますが、
おいしいパン屋さんコース、
フレンドリーな犬ころナデナデコース(手がイヌ臭くなる)
スポーツクラブの駐車場からスタートコースなど、
楽しんで歩いています。
  1. 2006/01/26(木) 00:00:00|
  2. 鍼灸治療
  3. | コメント:2

ちゃんとおしらせ

そんなわけで、水戸に来てから、わずか2年ですが、
夫の転勤により、また引っ越すことになりました。
鍼灸師になってから、地元の人と、
ほんの少しですが、出会いが増え、
あたたかくおつきあいいただけて、
うれしい日々でした。
本当にありがとうございました!


やっと、慣れてきて、さあ、これからというときに・・・
これがいつものパターンです・・・
今度は千葉県です。
千葉県に住むのは、場所は違いますが、3度目になります。
もう2度と住むこともないだろう、千葉よさようなら、と
思っていたのですが、またまた、行くことになるとは、
不思議な縁です。

でもよかった・・・
思ったほど遠方ではなかったので、
あと2年通わなければならないカウンセリング訓練や、
今、燃えて通っている、鍼の勉強会を、やめずにすみました。
前、所属していた合気道場にも、また通えそうです。
少し気が楽です。

軌道に乗せようとしていることが、
引っ越すたびに、ガラガラと崩れ落ち、
一から立て直しになることが、
きついことだったので、
その崩れ度は、少なくてすみそうです。

鍼灸治療をしていたとき、
いつも、自分はすぐにこの場所からいなくなる、ということを
意識していました。
だから、私が治療する、ということよりも、
ご自分でケアする方法を知っていただくことが
大事だと思っていました。
ですから、わずかながらの知識を、ご提供してきたつもりです。
皆様、ぜひお続けになってください。


  1. 2006/01/26(木) 00:00:00|
  2. どーでもいい
  3. | コメント:7

軽い寝違え、首の凝り

グチをいっぱい書いたらスッキリしました。
ところで。

ある日、起きたら、首が痛い。
右に首を曲げると、左後ろが痛いです。

その日、東京に行く予定があったので、
その痛みを、バスの中で緩和できないかと
考えました。
いろいろな方法が考えられるけど、
できるだけ、体を動かさず、挙動不審に見えないような
やりかたで。
首の左後ろといえば、経絡でいえば、
三焦経、小腸経、胆経が通っています。
(あと膀胱経もあるけど)
そうすると、耳を使うとやりやすい。

耳の前に、
三焦経=耳門
小腸経=聴宮
胆経=聴会
というツボが並んでいるのです。
netigae1.jpg

そこで、ほおづえをつくふりをしながら、
痛い側の、耳の前のくぼみで、イタ気持ちいい部分を、
前側に押すように、かるーく押さえていました。
(多分、寝違えのときは痛いと思います。)
そのまま、ウトウトしてしまって、30分くらい。
首を傾けてみると、痛みが7割位減っている。
コリがほぐれたというかんじ。
ねちがえ

うとうとしている間に、
寝違え(軽いやつですけど)やコリが、
緩和されるなんて、らくちんで、便利ではないですか。

首のナナメ後部が、凝ったり、痛いときは、
通勤や、デスクワークの合間にお試しを。
感想をおきかせください。

(あまり強く押したり、もんだりする必要はありません!
軽い力で、一定時間押し続けるといいようです。)

あ、おしらせ書き忘れた・・・
  1. 2006/01/25(水) 00:00:00|
  2. 鍼灸治療
  3. | コメント:0

またまたおしらせ

あまりよく知り合ってない人と話すとき、
さしさわりのない世間話として、
ご出身はどこですか?と、聞くのです。
そして、出身地を聞くと、「ほー、なるほど」、または、「どーりで」
と、なんとなく納得したような気になるのです。

あとは、「○○県といえば、××まんじゅうが、有名じゃないですか。
アレ、おいしいですよねー」
などと、出身地をほめあったりします。

私は、人には出身地を聞くのに、自分が聞かれるのが嫌いです。
出身地がわからないからです。
「生まれたのは東京です」「本籍は宮城です」
「実家は岩手です」等々、そのときによって適当にごまかします。
「あら、岩手ですか、
そういえば、うちの弟のお嫁さんが、岩手出身で。
そういえば、あなたに、顔が似ているわ」
などと、話が続きます。
(いやー、似ていると言われても。
わたし岩手の人じゃないんだけど。)
名産の○○まんじゅうをほめられても、
わたしにとっては、よその土地。
うれしくもなんともありません。

友人の一部は、私を、青森の人と思っていて、
あおちゃんというあだ名で呼びます。
(青森から来たから・・・あおちゃん・・・)

「東北の人!どうりで色が白い」、と、言われたことがありますが、
私のどう見ても黄土色の肌が、出身地を聞くと、
白く見えるようになるのでしょうか・・・

[またまたおしらせ]の続きを読む
  1. 2006/01/24(火) 23:13:56|
  2. 心と体
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おしらせ

お正月はだいたい、よく食べるので太るのですが、
今年は、体重は、変わりませんでした。
もしや、引き受け氣功式ダイエットのおかげか・・・
(要は、なにもしない、食べたいだけ食べる
世界一簡単なダイエットですが・・・)
(その秘訣は、知りたい方に秘密でお教えします。)
(そうはいっても、たぶん、そんなアホな、と思って
あまりやる人はいないと思うが)

私のバカなところは、
いいと思った事は、
そんなアホな!、と思っても、
しつこく試してみます。(でも、そのあと飽きるけど)
スプーン曲げは、1ヶ月位、毎日やってました。(もう飽きた)
「お前、またやってんのか!!(驚き&あきれ)」と
夫に言われてました。
スプーンは力で曲げていたのか、よくわからないが、
その効用といえば、効用はありました。
極度の寒がり&冷え性で、冬は手が冷たーくなってしまうのですが、
手があたたかくなりやすく、しっとりさせられるようになりました。

引き受け氣功も、あまりにもシンプルで、
いやー、いくらなんでも、こんなことが効くわけない、と思って、
大抵の人は、「そーなの、すごいね」と言うだけ言って、
やらないと思うけど、私はやってます。
これは簡単なので続くと思います。
他のどの氣功とも違って、意識の転換が起きることが
一番重要なことです。

引き受け氣功の、
「すべての闇を引き受ける」という発想は、
私が勉強しているカウンセリングスクールの理念とも同じで、
また、べてるの家の発想とも一緒です。

物事を、善も悪もない、一元に受け止める、ということです。
そして、善も悪も包括している、
一元、という存在は、
神とか、太極とか、永遠とか、ユニティとか、いろいろな言葉で
表現できると思うけど、
「一元」には間違いがない、ということは
確かだと思います。

それでお知らせですが、水戸で、
また引き受け氣功の講習会があります。
でも、主催の藤谷先生はいらっしゃらないそうです。
引き受け氣功を体験した人のお話のようです。

1月24日(火)13時~15時
場所はよしみやビル4F
体験発表と質疑応答
興味のある方は、よしみやさんに、問い合わせてみてください。
029-(221)-2630
  1. 2006/01/22(日) 22:53:13|
  2. 心と体
  3. | コメント:3

助けない助け方

(あきらめる&あきらめる2 のつづきです。)

昨年、日立市で、べてるの家の講演を聞いたときには、
会衆から、講演者の、精神分裂病であるMさんに、
こんな質問があった。
「病気で困っている人に対し、Mさんみたいに明るい気持ちに
なってもらうには、どうしてあげたらいいでしょう?」

私たちには、完全に、
「二元的価値観」が、しみついている!

健康であることがいいことで、
病気で困ることがよくないこと、

健常者が、助ける人で、
病気の人が助けられる人、というふうに。

だから、こういう質問をしてしまうのだ。
Mさんは、即答した。
「なにかしてあげるって・・・
それって傲慢でしょう。
なにもできないよ。
だって、オレたち、無力だもん♪」

今回の、向谷地さんの講演では、
依存症へのサポートを例に出して、本人だけでなく、
「家族」
「援助者」
「治療者」も、サポートの対象である、
ということが言われていた。

治療者と、被治療者の区別なし!

誰でも当事者性を持つ。

A子さんという人が精神科病棟を、
退院することになった。
退院にあたり、そのお母さんが、
その後はどう接したらいいのか、向谷地さんに相談に来る。

向谷地さんは「なにもしないことをがんばってください」と
アドバイスする。
お母さんは、「自分の育て方のせいで・・」と自分を責めている。
そして、その後は、案の定、娘に気遣いし、
ほっといてほしい娘を、イライラさせることとなった。
(そのエピソードはとても面白いが省略)

精神科の病気ということでは、
娘さんだったのかもしれないが、
どちらの心が健康で、
本当に援助、治療が必要なビョーキだったのは、
どちらだったのか、
ということである。

鍼灸師になるような人だとか、
医療関係に就く人は、
少なからず、誰かを助けたい、と、
思っているのではないだろうか。

そして、「あなただけが頼りなんです」と言われたり、
「あなたのおかげでよくなりました」と言われたら、
とてもいい気持ちになる。
「アア、人助けができた」と。

実は、その時点で、助けるつもりが、逆に、
患者さんに助けられている。

治す人、治される人、ではなく、
お互いさまなのだ。

日常生活でも、助けているつもりが、
助けられている現実がたくさんある。

それに気づかないで、
助ける役割、助けられる役割に
どっぷりはまると、
共依存、という、ひとつの中毒になる。

現代の問題の解決の仕方は、
「本人」が苦しまないように、
「周り」が、走り回る。
たとえば、先回りして、
その人の前にあるゴミを、
取り除いてあげるようなことをしたくなる。
その人が、苦しまなくてすめば、
こっちの気持ちが、助かるからである。

非援助の援助とは、何をしてあげるかではなく、
何をしないか、というセンスだという。
誰でも、苦しむ権利があって
その権利を奪わない。
その人が、自分で歩いている、という主体性を
そこなわない援助。

私が、べてるの幻覚妄想大会に行ったとき、
どの人が精神病で、
どの人がお医者さん、看護師さんなのか、
見分けがつかなかった。

どちらが、強者、どちらが弱者で、
どちらが助ける人、どちらが助けられる人ではない。
誰でもが当事者ということを、忘れてはいけないと思う。

「非援助の援助とは?」だとか、
人様を助けるなどと、考える以前に、
自分が、助けられなければいけない張本人だ、
ということに気づかされる。

そして、その助け手は、他の誰でもなく、自分だ。

それに必要なのが、他人からの、「助けない助け」であり、
それで、自分で自分を助けて歩けるようになり、

そこで初めて、
誰かを、「助けない助け方」ができるように
なるのだろう。
(だから、今の私には、人を助けるだとか、
ということは、時期尚早。)

  1. 2006/01/18(水) 00:00:00|
  2. 心と体
  3. | コメント:3

ところで、べてるの講演会は、茨城ではよくあります。
去年も水戸と日立であったと思います。
近々、牛久で、やるようですよ!
行ってみる価値がありますよ。
2月11日 茨城県牛久市牛久町 エスカート生涯学習センター
13:00~ (社福)ゆっこら TEL 029-872-5292(北岡様)
「病気そのまんまでいい!」
向谷地生良さんの講演
  1. 2006/01/17(火) 21:24:58|
  2. 心と体
  3. | コメント:0

あきらめる2

治らない病気があるし、
絶対に、かなわない夢もある。
絶望とか死、
ひたすら、あきらめるしかない状況を
目の当たりにしてきた向谷地さんは、
「あきらめ」を、価値あることとして見ていた。

苦悩したり絶望することは、
人間共通の、本質的な苦労であり、
それがあること、こそが、
順調なことであると、
向谷地さんは、いつもおっしゃる。

中学生の頃、殴られっぱなしだった、ご自身の苦労も、
彼は、自分ひとりのことだとは、思えなかったと言う。
ここが普通の人と違う。

自分の行きづまりは、社会とつながっている。
当時、ベトナム戦争など社会が騒然としている中で、
学校で人とつながることにあえぐ自分がリンクした。
「私は私の戦場を生きることに、意義を感じ、生きられた。
私はひとりではない。」

「不運な環境だから、不運である、
といった、短絡的なことではない。
どんなに幸せでも、人は死ねる。

あらゆるものがそなえられていても、
そこにそなえられた、生きづらさがある。

現代は薬で解消しようとするが、
そこに、当たり前の苦悩があることを
見過ごしてはならない」

「その苦悩に直面する真剣さ、
その行きづまりってすてきだな」

だから、べてるでは、絶望すると、ほめられる、
という、ふしぎな場になっている。

今、セミナーでメモしたことを読み返してみると、
向谷地先生は、
のほほ~ん♪という口調で、このようなことをおっしゃっている。

「私は13人目の使徒であると言い聞かせている。
イエスはなぜ、あのような不完全な人々を、弟子に選ばれたのか。
私自身もまた、イエスを、十字架にかけてしまうに違いない
という、深い自覚がある」

「自分が決めたこと、思ったことに執着しない。
しょせん人間は弱いものとしている。
それよりも、もたらされたもの、与えられたもの、
の、確かさを知っている。
それを信じる(いいかげんでも)。
希望が見出されなくなった時でも、
それが新しい意味、つながりを生むことを信じる。」

「自分がみじめであることを知る事は、みじめなことである。
でも、自分がみじめだと知る事は、偉大なことである。(パスカル)
わたしは、自分がみじめである、という偉大さに、
うすうす気づいていたのではないか」

「わたしは、
人の何倍も、もろい人間だ。
不平不満をかかえながら生きていくことが、
全く、できない。
その脆弱性が、
あらゆることを、
とらえ直していこうとする、力になっている」

「どっちへ行ったら苦労できるかと、いつも考えている。
この仕事には、人生を賭けない。
生きがいを求めない。
どんな結果を生もうとも、
それで、自分の人生が重くなったり、軽くなったりしない。
できなかったら、撤退する。
その辺をわきまえている。
だからといって、自分の人間的価値が下がる事はない。」

自覚、わきまえ、戒め、自分に言い聞かせている、
そのような言葉を多く耳にした。
どこまでも、下へ下へ、降りていく行き方を
されている方であった。

「べてるには、ユーモアがある。
でも楽しいから笑っているのではない。
にもかかわらず、笑う。」

ステキで輝かしい未来があるから
笑うのではない。
その先にある、もっと悲惨な苦労や、
衰退や、死が待っていることも知っている。

今はやりの、前向き志向ではなく、
本当にものを見つめている人は、そこのところも見ている。

それを、「そなえられたもの」、「もたらされたもの」として
享受する。

「あきらめる」というと、現代の日本語の意味合いでは
あまり良く使われることがない。
しかし、向谷地さんのおっしゃる「あきらめる」は、
あきらかに、見極める、という
その本来の意味を持つ。

あきらめるとは、
自分を、ありのままの姿で、
承認していくことであり、
謙虚なわきまえであり、
その「無力」が、
可能性と、やさしさと、有力につながっていく。

(まとまらず、長くなってまだつづく。)




  1. 2006/01/13(金) 00:00:00|
  2. カウンセリング
  3. | コメント:2

あきらめる

新年は、べてるの家のソーシャルワーカー、
向谷地生良先生の
『「非援助」の援助』というセミナーで始まった。

これまで、べてるの講演会には何度も行っているが、
この向谷地先生と、精神科医の川村先生は、いつも、あくまで当事者を
補佐するばかりで、決して前面に出てくることがない。
謙虚すぎるほど謙虚な方である。
しかも、のほほんとして、ユーモアあふれる話を聞くと、
まるで温泉にでもつかっているような、いい気持ちになってしまう。

今回は、丸一日のセミナーでは、
ついに、向谷地先生、ご自身についてのことを聞けることと思い、
わくわくしていた。

すごい人だと期待していたが、案の定、すごい人だった。
相変わらず、物腰柔らかなお話ぶりなのだが、
実は、かなりニヒルで、
冷徹に物事を思索されている方だと、
私には見えた。
そう思って見たら、眼鏡の奥の眼も鋭かった。

中学では、先生に殴られっぱなし、そこで人生観ができたという。
大学では、親に仕送りはしないでくれと頼み、
特別養護老人ホームで住み込みのアルバイト。
霊安室に亡くなった老人を運ぶ仕事もした。
「やっぱりオレは教育にだまされてきた」と思ったという。
人は死ぬ、ということが、ありえないかの教育。
みんな死ぬ、私も死ぬ、その関係の中で生きているという
当たり前のこと、現実をリアルに受け止めるほど
動けなくなっていく。
そして、就職では、
もっとも不便で、不人気、みすぼらしさに惹かれ、
過疎の町、浦河へ行く。

そこで見たものは、戦後まもなくのような、貧しい暮らし。
先祖代々、アル中で、廃屋に暮らすような人々。
その連鎖を断ち切ろうと、365日奔走し、
その結果、
その人たちを助けようとしていた自分が、傲慢であったと気づく。
100年もの間、アイヌの時代から、
嘆きの中で育ってきた、家族崩壊の歴史。
それを1人で打ち破ろうとしていたとは。
5年かかって、その子供たちに、
「アル中になってもいいよ。だけど相談にくるんだよ」と
言えるようになったという。
そうして、「なにもすべがない」とわかったときに、
みんな「順調」に、アル中になっていった。
その子達が今、べてるで重要な働きをしている。

病院の発想は、「わるいところをなおす」ということである。
たとえば、薬で苦痛を感じないようにさせる。

また今「流行」の見方は、わるいところもあるけど、
健康なところを見ていこう、という希望指向のモデルである。

私は、この流行(?)の、
良くないこともあるけど、明るい面を見ていこうYO!
負けないで、夢を持っていけば、それはいつかかなうYO!
きっと良いことあるYO!
という発想は、きもちわるいと思っていた。

向谷地さんは、もっと深い深いところを
見つめていらした。

向谷地さんの著作は、下記で読めます。
連載・弱く、遠く、小さき群れより(第1回~24回)
http://www.wlpm.or.jp/cgi-bin/db/kiji_t.cgi?keys34=0000797

長くなりそうなので、つづく。
  1. 2006/01/12(木) 00:00:00|
  2. カウンセリング
  3. | コメント:0

ここちゃん

実家に帰ったら、イヌが大きくなっていた。
めったに鳴かない、いいイヌだ。
私は、今まで、鳴いたのを2回しか聞いたことがない。
1度目は宅急便のお兄さんに、「バフ」と、ひと声、控えめに鳴いた。
2度目は、夜、窓ガラスに映った自分の姿に向かって、
「バフバフ」と、ドスのきいた、ひくい声で鳴いた。

シッポもめったに振らない。
だけど、垂れ下がることもない。
いつも、2重に
キリリとトグロみたいに、巻いている。

こころ2

  1. 2006/01/10(火) 00:00:00|
  2. 心と体
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